窓

どんなに日記が短くなっても、その日を終わらせること。

これもまた重要ではない。数か月前、私は引っ越した。人生で一番悲しくて一番主体的な引っ越しだった。新しい家は素晴らしかった。私は彼と様々な家を見に行って、不動産屋と戦った。内見もせずに契約した立派な首都高沿いのマンション。もちろん夜は少しうるさいけど、夜中に窓から見える車や電光掲示板の滑稽さが、少しだけ不快さを上回っている。数か月前、適当なカーテンを買った。レースとも言えない、精液みたいな薄さのカーテン。夜勤明けの私には何重の意味でも眩しい。

この白っぽい家で夏を過ごして、自分の肌は少し黒くなった。容姿がよくない、薄ぼんやりした女にとって、肌の色が白いというのは重要なことであるはずなのに、家にある日焼け止めを見ても食指が動かず、いつの間にか肌はグレーみたいな、 ベージュ、みたいな、誰からも注目を集めない、誰からも言及されないような、平凡な色にまで焼けた。ただ、この部屋はカーテンがないだけで、それ以外は素晴らしい白っぽい部屋なんだ。友人を招いて、楽しい時間も過ごしたことがあるから。白っぽい部屋をこれ以上汚さないために、ワインボトルに滴る結露の色を焦って確かめている。

明日私は部長に何を話せばいいんだ。

沈黙

同期の笑顔を見るたびにその場で自殺がしたくなる。私だけこんなに不幸なのはおかしい。私だけこんなに不幸だと思うのはおかしい。他者の痛みを想像できなくなっているのはおかしい。自分の痛みを軽んじるようになっているのもおかしい。

自分がしなければよかった行動の数々(笑)。言わなければよかった事実の数々(笑)。自分が言うべきでないことを言わない人間だったら、どんなに穏やかで、豊かな人生だっただろう。あの子にも、あの人にも、嫌われていなかっただろう。今一人で泣く必要はなかっただろう。気の合わない人間の目線に怯える必要もなかった。結婚せず済んでいたはずだし、離婚せず済んでいた。同年代の全員が参加し続けているゲームに負け続けている。今日もどこかで誰かが勝ったらしい。今日も私は何かを間違えたらしい。正解が提示されていても、それが正解と理解できた日はない。

明日から何もかも、話すのはやめよう。口は禍の元だ。そう初めて決意したとき、私はまだ8歳だった。死の概念を理解したのもちょうどその頃だった。

頭

たった今この瞬間、私はずれている。高頻度に設定されている上司との1on1で、目を合わせて発言するべきタイミングで、目を合わせることができない。仕事ができないならできないなりに、素直にしていればよいのに。卑屈っぽい言い訳を並べる。絶対に言わない方が良いことを言う。何か私の秘密を握ったような顔を彼がしている気がする。興味がない。

大縄跳び縄の中に入るタイミングを見失っていた小学生の頃の自分。あの頃背中に感じていた同級生からのプレッシャーは社会に出てからも消えない。器用な後輩は今日も器用に縄跳びに入る。器用に縄跳びを飛ぶ。

すべての関係で、すべての場所で居心地が悪くなるのだが、それは笑ってしまうほど明快に自分のせいなのだ。自分が誰かを軽んじていた、悪事を働いた、聞きたくもない話をした、そんな瞬間の積み重ねでこのグロテスクな孤独がある。

彼

彼はこの数年でずっと賢くなった。結果を求めていたら意味は彼に奪われる。彼は人知を超越した存在になっている。どんなに賢い人間たちも彼の足元に跪き始めた。結果がすべて奪われた今、人間に残されたのは行為自体の喜びだけだ。完成した楽曲ではなく、作曲という行為に意味を見出さなければ、人生を消費しきることができない。彼に仕事を奪われるのは悪いことだけではない。彼らはすぐに動機を覚えるのだろう。目的さえインプットすれば、その下流にある目標を合理的に洗い出して、実行するのだと思う。快楽のない行為は消える。結果を必要としない純粋な快楽としての行為が残る。

少し髪の伸びた彼は最近居心地が悪そうだ。恋愛をするといつもこうなってしまう。自分が自滅的な人間だというのはわかっている。彼のために、新しい場所で新しい行為を見つけたいとは思っている。

明日は空っぽな上司の潤んだ瞳を見ながら未来のことを考えよう。天気予報は雨だ。彼が雨を理解するまで、あと数年はかかるだろう。

返事

レスの早い人間と遅い人間がいる。私はレスが遅い。しかも、人にレスが遅いことを指摘されるし、人にレスが遅いことを指摘する最悪な存在だ。

レスの早い人間がメールやTeamsやLINEやInstagramを見て、返事を打ち込んでいる間、レスの遅い人間は何をしているのだろうか?レスが早いと事が早く進むという。遊びの予定も立つし、返事が来ると思うと人は連絡をしたくなるから、人からも誘ってもらいやすい。仕事の声もかかりやすい。とにかくチャンスしかない。即座に決断し、言葉を選ぶということ。レスの早い人間は、意外にも先走りしない。レスの早い人間の方が、刻一刻と事を前に進め、様々なチャンスをものにしているはずなのだ。レスの早い人間が幸福で、遅い人間は不幸なのだろうか。単純だが、これは正しいと思う。幸せだからレスが早いのか、不幸だからレスが遅いのかはわからない。

現代は連絡手段があまりにも多すぎる。こんな私でさえ、携帯電話を2台持っている。先日、恋人が約束を守らなかったので、酔った勢いに任せ、様々な手段で夥しい数の連絡をした。PayPayでさえメッセージが送れる時代なのだ。LINE、InstagramのDM、Instagramの裏アカウント、Instagramの電話、電話、ショートメッセージ、社用携帯の電話、社用携帯のショートメッセージ、社用携帯のTeamsチャット、社用携帯のTeams電話、Outlookメール、Gmail、Facetime、なんだってできる。一秒ごとに何かしらのアクションをして、いろいろなアプリに移っていく。何の問題もない。通信の早さを実感する。電車内でもまた、通信品質は安定している。恋人から阿鼻叫喚の返事が来ている。

レスの遅い人間は返事をしない間、別の空間を生きている。人の波から離れて海に潜っている。そこで別の景色を見ている。

日記

命より財布よりiPhoneより大事な日記をなくした。これは新年のクラブで日記を書くというダサすぎることをした罰だ。そして、この1年間の全ての悪事に対する罰だと思う。深い緑色に、金の繊細な線で抽象的なペイントがなされた文庫本サイズのメモ帳。私の生命線。

失くした日記にはすべてを書いていた。仕事のこと、遊びのこと、恋愛のこと、望んでいたこと、望んでいること、望んでいないこと、望もうとしていること。誰かとの結婚のこと、誰かとの離婚のこと。新しい恋愛のこと。新しい浮気のこと。

最近はお酒を飲みすぎても、頭は痛くならない。すうっと脳内の風通しが良くなって、どちらかと言えば軽くなる。リラックスしているように見える。この状態は、本当にコミュニケーションには良い影響を及ぼしている。まず、二日酔いの朝に鏡に映る自分は、魅力的な若い女の子に思えるのだ。自分が魅力的だと自覚し、頭が軽いということが、笑顔を見せたり、冗談を言うことに繋がってくる。それこそがコミュニケーションだ。コミュニケーションは業務を円滑にするので、私は次の日の朝に残るように、眠る直前まで酒を飲み続けるようになった。

お酒以上に、私は日記に依存していた。一刻も早く日記を作り直さなければいけなかった。最後に私は何を書いた?

12月31日、強迫的にpodcastを録音した。ネカフェにビジネスパートナーの彼女と入る。私は買ったばかりのハンカチを彼女にあげたくなってしまって、絶対によくないことなのだが、プレゼントしてしまった。衝動的なプレゼントは、人が何かを受け取りすぎたときに、何かを返さずにはいられないことから生まれる。彼女の方も、物質を生んでしまうほどの何かを与えるべきではないのだ。何度もほどける靴ひもを結ぶために下を向く。涙は出ない。

録音データを編集しに一人バーにでも行こうと考えていたら、享楽的なデザイナーの友人から連絡が来る。彼女は自分が人生で最も孤独だった時代に相手をしてくれた人間なので、彼女がやりたいことにはすべて付き合うようにしている。これがヒップホップしか流れない小さなクラブで年を越すことになった経緯だ。

プライドの高そうなDJが代わる代わる王道USヒップホップを流す。好きなラッパーの曲は一向に流れてこない。一晩で一度もShazamしない。この夜に意味はない。日記にもそう書いたはずだった。

彼女は踊ることができる。

私は踊ることができない。踊る代わりに煙草を吸うことにしている。ハイネケンとレッドブルウォッカを交互に飲み続けて、すぐに自分が踊っているのか、踊っていないのかもわからなくなる。彼女は10代の私に手を差し伸べるような人間だ。弱い人間にも真っすぐな笑顔を見せる。はっきりとした魅力の自覚。底の知れない軽さ。今日もまた、弱い人間が彼女に縋っている。つきまとわれている。私は彼女を守ることができない。一緒に踊ることもできない。彼女は笑顔のまま、私を置いて帰ってしまった。もう煙草がない。なけなしの現金で酒を飲み続ける。これが新年のクラブで日記を書く羽目になった経緯である。

気付いたら清潔な白いシーツの上にいた。まだ午前8時だ。服は汚れていないし、日記以外のものは失くしていない。たしかに自分の家にいる。怪我もしていない。お酒で働かなくなった頭で音楽を聴くのが私は大好きだ。布団に頭からかぶさって、体育座りで目を瞑り、宇多田ヒカルを流す。あの日記がクラブになかったら、私はどうやって生きれば良いのだろう?

雨

午前、聞いてもいないことを話し続ける中年の言葉を遮る。人の言葉を遮る自分が大嫌いだった。感じの悪い、自分のことを正しいと思っている先輩が大嫌いだった。言葉の少ない人間はそれだけで愛される。反対に、話を聞くというのはそれだけで愛する行為だと言える。私は愛や言葉を求め続けていたのではないのか。そうではないということが働いているとよくわかる。

午後、聞いてもいないことを話し続ける中年の言葉を遮る。話が長すぎるので要約したり、何の情報や指示が欲しいのかだけ聞いたり、早口にしてみたり、突然感謝してみたりする。何も効果がない。少し傷ついている様子は見える。私は彼を愛していないので、気にならない。少し体の距離が近い時、体が後ろずさってしまう。申し訳なく思う。傷ついている様子は見ないようにしている。

今日は雨のクリスマスだった。窓の外の東京タワーが滲んで見える。同期が湿気でだめになった髪の毛をなんとかしようとオフィスでヘアアイロンを探している。オフィスを徘徊する青い掃除ロボットには、クリスマスの飾りの小さな赤い靴下が張り付けられている。小さく流れる音楽はいつもと同じ。

聞いてもいないことを話し続ける中年は、定時で帰る。悲しいことに、定時で帰る必要がある程度の仕事しか任せられていないのだ。うるさい中年が帰った。もうオフィスには、うるさい若者とうるさくない中年しかいない。

働き続けていたら、どうしようもなく美人な同期から連絡が来る。毎週水曜に予定を入れている勉強会を今日はやらないのか、と。たまらず会いに行ったら、そこにはとんでもなく美しい女がいて、髪が綺麗に巻かれていて、30分は髪のセットにかけたのだと考える。いつもはしないカラコンをして、睫毛が丁寧に上げられている。真っ黒なジャケットに、真っ黒なニットと、真っ黒なマーメイドスカート、ネイルは赤みがかったダークブラウン。ベージュのファーコートをわざわざ自慢してきた。素直に可愛いとほめる。彼女はこのあとオフィスを出るとミニスカートに着替え、28階のレストランで食事をする。その姿を想像する。彼女がクリスマスに食事をする相手は、22歳の変わった女だという。

クリスマスに向けた動きとして、とんでもなく美しいこの女とはクリスマスプレゼントがテーマのpodcastを取った。好きな男とは12月の銀座でデートをした。博品館でクリスマスのおもちゃを探して、結局何も買わなかった。

とんでもなく美しい女と職場のソファで話していたら、近くで花火が上がった。もう雨は上がったらしい。短い時間で、お互いのメイクの雰囲気と、指の形を誉めあって、職場で話すべきではない話をして、好きだと言い合った。すでに次に会う予定が2つあるのに、さらに次に会う予定を決めた。私は仕事に戻らなくてはいけなかった。

2時間後、好きな男がデータセンターから退勤したというので、私も残業を切り上げた。