祖母

 ここは見知った町の寂れた高台のような場所だ。地域全体の無秩序な建築物と自然物が一望できるように、過去の記憶や思念が立ち並んでいる。弱い風が吹くこともあるだろう。訪れるたびに少しずつ景色は変わって行くがそれに気がつくことは稀だ。

 祖母。

 祖母は重要な人物である。社交的、厳格な意味で社交的、かつ非社会的、反社会的ではない。祖母は祖母の祖母の家で育てられた。兄弟はたくさんいたが、祖母だけが祖母の祖母の家で育てられた。それなりに裕福で、戦後の地方の公立小学校で綺麗な服を着ているのが恥ずかしかったという。中学校に入れば、学年でも評判の美人だった。ここでのちの祖父と同級生になる。高校は女子校に入学した。夢見がちなロマンチストで、大学に入るまで友達がいなかった。女子大で何をしていたかは明らかになっていない。アルバイト先の百貨店でガラスのショーウィンドウを割る。就職した会社をあっさりと退職する。英語教師をするが生徒に舐められ挫折。ギャンブルの才能が発覚し、ギャンブラーになる。この間にいつのまにか祖父と再会し父が生まれている。30歳を過ぎたあたりで煙草を吸い始める。ハイライト。ハイライトのストック、祖父の要人との記念写真、ひどく乱れた部屋、埃っぽい空気、これが祖父母の家の原風景である。勤め人ではなかったようだが、掃除が大の不得意で、私が物心ついた頃には、美貌を失った事実を直視したくないからと写真撮影を拒否するようになっていた。

 祖母は曖昧な記憶を辿って数々の魅力的な話を私にしてくれた。旅、食事、もっと些細な何か。幼い頃には簡単な英語のレッスンのあとに薄暗い喫茶店に連れて行ってくれた。もちろん煙草を吸っていた。コーヒーは飲めなかったが、祖母のコーヒーのフレッシュをスプーンで混ぜようとする私に、ある俳優はコーヒーにフレッシュを落としてゆっくりと自然に交わっていくのを見るのが好きだと語っていたと繰り返し口にするのだ。7歳に通用する美学ではない。

 私は今、明るく健康的な喫茶店でコーヒーを頼んでいる。もちろん全席禁煙だ。ブラックなのでスプーンは必要ない。まだこの町には、液体を急いでかき混ぜる女児と、それを咎める老女がいる。